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農法についての体系的解釈

これまで農業雑誌を書店で見るとたいてい○○農法というタイトルを見つける。カルガモ農法、アミノ酸農法、もみ殻農法、たんじゅん農法、、それ以外に個人名+農法というものもあったと思う。これは農業資材でも同じで、ほぼ毎年注目の液肥、菌濃縮液、堆肥などなど、、選ぶのもやっとではないかと思うほどでてくる。

私はその一つ一つについて良し悪しを断定することはあまり意味がないと思っている。しかし、農業業界にいると他の農家がそれでうまくいったらしいという単純な理由で同じ農法や資材を試みる人が多い。たいていそういう資材は高価なことが多く、農法となると知識を学ぶ労力と農法を実行する労力が数年必要になり、それが失敗に終わるリスクもある。

これまで見てきた中ではうまくいかないことの方が多い。こういう私も、いろいろ試して失敗してきた人間で、、考え方のバランスをとるまでに時間がかかった。これから農業を志す人や生産力を上げるために農法などを試したいと思う人に同じ思いや徒労に苦しまず適切に付き合う指標があればと常々思っていた。多様な農法を否定するわけではなく、適切に理解し使いこなすことにこそ農法を活かせることになる。一つの試みとして読んで頂ければと思う。

農法について話す前に、前提としてこれまで説明してきた図を再度取り上げる。地表の断面図の部分は土壌の物理性(水と空気の動き)は山、平野、海岸へと遷移していくことを示しており、それにより排水性、保肥力なども変化する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


図の左側にあたる高原地域ではレキ質の土壌が多く排水性が極めて高い、それは同時に保肥力(CEC)の低さなどに直結する。しかも山岳地帯は基本的には低地に比べ雨が降りやすく、養分の溶脱率が高い、また気温が低く降雪が多いことから有機物の分解も緩慢となる。このような条件で農業を行うとき生産量を規定する最大の要因は植物が利用できる(可溶性)養分量と考えられる。農法として効果を発揮するのはそれに応えることができる農法、つまり土壌分析を駆使した化成肥料多用型のもの、または春先に撒いてすぐ養分が分解してくる有機質肥料(微生物活性が高く、易分解性有機物が主体の完熟たい肥)である。このような地域では恐らく化成肥料を多用しても過度の養分蓄積が起こりにくく、過剰障害なども出にくい、また土壌分析による施肥設計が成果をもたらす可能性が高い。

一方、図中央の平野部を考えてみると、粘土質の沖積土が存在する地域で保肥力は高いものの排水性が悪い。私が就農した地域は正にこのような土地で、高原地域の方からは信じ難いと思うが田んぼですら暗渠などで排水性を確保しているほどで、、、畑ともなると梅雨の時期,根腐れや虫による食害が多発する。養分保持力を示すCEC、有機物含量、養分量も高い、養分量特に窒素、リン酸量については過剰症の方が問題となり、欠乏症はNPKの過剰投入による微量元素の相対的欠乏以外ないと言っていいほど。
従ってこのような地域で生産量を規定する最大の要因は有機物量や養分量ではなく、植物がそれを吸収し利用できる物理的環境である。つまり空気。植物は光合成だけでなく呼吸も活発に行っており、特に根では光合成は行われずもっぱら養分を吸収するためのエネルギー生産を行っている。つまり根が必要とするのは酸素、それがなければ根腐れを起こす。仮に酸素供給が十分だったとしても、水溶性の養分が根圏に多く存在すると根から過剰にそれらの養分が吸収され、最終的に養分過剰に伴う虫による食害をもたらす可能性が高い(詳しくはしょくぶつ学のページにて)。

このような環境で生産性を上げる農法というのは、排水性を確保し、降雨からの影響を抑えるなど物理性改善につながるもののみである。排水性改善という点から言えば暗渠や砂などの客土、もみ殻やチップを含む完熟堆肥の活用、高畝などが挙げられる。降雨からの影響を抑えるものとしてはビニールハウスやアーチ支柱を用いたトンネルなどがある。

もしこの地域で高原地域で効果のある土壌分析+化成肥料/即効性完熟たい肥を利用した場合、土壌分析はおそらく過剰の数値が多く、養分バランスをうまく設計するのは至難の業になる。仮に、易分解性の養分バランス(可溶性養分のバランス)が適切だったとしても、有機物含量が高い沖積平野の土壌では養分の大半が易分解性有機物に保持されていることが多いため養分溶脱は微生物活性の如何にによって大きく変動する。つまり降雨や気温などによって微生物活性が変動し、養分溶脱量もそれに大きく左右されるだろう。利用可能な養分があるからと言って作物にとって適切なタイミングと量で供給されると言うのは、砂地で化成肥料をまいたような単純な系での話であって、有機物と微生物という養分溶脱を左右する二大要因が支配的な沖積平野には当てはまらない。

 

結論としては、農法という道具の良し悪しの前に、その農地の性質に目を向けることが重要と言える。

たんじゅん農法について


実は私はたんじゅん農法を実践したことがある。理論的に興味もあったし、良いも悪いもやってみないことにはわからないので迷ったらやるというのがマッドサイエンティストとしての境地だったのかもしれない、、。まじめにHPを読み、まじめに実践した方だと思う。結果はもちろん失敗。生産力が飛躍的に上がったとは言い難かった。
農家であれば失敗した農法にはふたをしておきたいところだが、私にとってはむしろこの失敗の原因を深堀りすることが大変面白く、現在の考え方に導いてくれるターニングポイントだった。

 

私の農地でのたんじゅん農法の失敗から見えてきた私の盲点は

(あくまでたんじゅん農法を否定するものではありません)
 

炭素の循環量は微生物活性と光合成量により規定されている
という単純なことだった。
炭素は動植物の中のエネルギー通貨のようなもので、植物が太陽からのエネルギーを吸収し、それを炭水化物とうい炭素化合物(有機化合物)に変換する、その後炭素は食物連鎖の中で動物などに吸収され、消費され、CO2が廃棄物として空気中に放出される,
そして空気中のCO2は光合成の原材料として植物に吸収される。このような一連の流れを炭素循環と呼ぶ。

たんじゅん農法というのはこのエネルギー通貨である炭素の循環量や循環速度を上げることで生産量を上げる農法と言える。昨今の日銀の金融緩和やゼロ金利政策のようなもので、経済の鈍化の対応として通貨を発行したり、流れを良くするというのと似ているかもしれない。ただ、紙幣や金融システムと大きく異なるのは炭素の循環量や速度はそう簡単に変えることはできないということ。

まずある地域で炭素が光合成により固定される量は日射量により規定される。または植物の光合成をつかさどるルビスコが活発化する条件(光、気温など)がどれだけそろっているかとも言える。赤道直下と極域では年間の日射量、光の強度などが全くことなり、もちろん赤道直下での光合成量はその他の地域より高くなる。

そして一度系内に流入した炭素の循環についても同様のことが言える。循環の中で分解を担うのは微生物であり、この活性は温度と土壌中の酸素量によってほぼ決まる。酸素、水分、温度が年間を通じて適度に保たれれば、土壌中の微生物により有機物はみるみる分解され、それに伴い養分の放出が起こり、また植物が生育し新たな炭素を固定していく。しかしツンドラ地帯などでは低温のため有機物を分解する微生物の活性が極めて低い。その結果有機物は分解せず、有機酸など未分解の炭素化合物として土壌中に蓄積し、最終的にはその有機酸による酸が土壌を漂白しポトゾルという極域特有の土壌層をつくる。ほぼ循環が停止しているのだ。
また、温帯などであっても酸素の供給量が少ない沼地や湿地などでは、有機物の好気発酵が進まず泥炭層として堆積、さらに嫌気的な条件が発達すると緩慢なメタン生成などが起こる。。

 

日本の炭素循環について気温と酸素という観点から考えると、高い湿度、雨季や降雪など循環の妨げとなる要因がある。仮に有機物を系外から持ってきて堆積させたとしても、これらの要因から分解が滞る。たんじゅん農法ではキノコ菌を分解者として利用することで炭素の分解を促進するとしていたが、キノコ菌が大量の有機物を分解するほどの繁殖条件をそろえるのは畑では難しい。湿度、温度、日射量が適切かつ安定で他の微生物があまり存在していないことになる。時に乾燥し、時に降雨により冠水し、気温も数時間で変化するような畑の環境ではそれは見込めない。結果として有機物は未分解となり、土壌中の未分解有機物量が増えることで窒素飢餓や酸素量の減少などむしろ生産性を下げる負の要因となりかねない。

私がたんじゅん農法を実践していたとき、効果を早く実現させるため畑に溝を掘ることが進められていた。実際私も深さ1m長さ25mの溝を掘り、チップをうめてみたのだが、排水の効果は1年持たなかったように思う。雨により溝は泥などにより埋めもどってしまったようだ。もともと関東の黒ボク土は水分を含む力が強く、質感としてはみっしりとしてすぐには乾かないのでそういった物理性からも、多少の溝を掘っただけでは改善しないという事なのだと思う。


ある地域での炭素循環は安定しており、光合成による炭素化合物の合成から分解まではその系固有の流れがあると考えられる。炭素循環農法がもし生産効率を上げらるとすると、土壌中の有機物が少なく、排水性が高い熱帯地域ではないかと思われる。

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